三重県 松阪城再建構想
三重県 松阪城再建構想

三重県 松阪城再建構想

松阪城について
松阪城は、三重県松阪市にある日本の城で、 現在は松坂城とも表記されます。
以下に松阪城に関する要約をまとめました
【城の構造】
松阪城は、標高38メートルの独立した丘陵、 四五百森(よいほのもり)に築かれた平山城です。 東に大手、南に搦手を配し、 外郭に深田堀及び水堀を巡らせています。
【築城主と築城年】
1588年、豊臣秀吉によって
南伊勢約12万石を拝領し移封された蒲生氏郷が夜を日に継いでわずか3年で完成させました。
【現存する建物】
現存する建物はありませんが、壮大な石垣が残っており往時の城の姿を現代に伝えています。
また、桜や藤、銀杏が石垣を彩り、四季を通じて市民に親しまれています。
【指定文化財】
松阪城跡は、平成23年2月7日、国指定史跡となっています。 また、2006年には日本100名城 (48番) に選定されました。
周辺情報:松阪城跡の周囲には松阪市役所市民病院、当地出身の本居宣長記念館などがあります。

 
松阪城(松阪城城跡)
提示の画像は、松坂城(松阪城跡)の「本丸(ほんまる)」 跡の石垣です。
より正確には、松坂城の本丸は「上段」と「下段」の二段構えになっていますが、この石段は二の丸から本丸へと登る入り口(中御門跡付近)、
あるいは本丸下段から上段(天守台・金の間櫓跡方面)へ向かう場所で見られる光景です。
判別のポイント
石垣の積み方: このゴツゴツとした自然石を積み上げた「野面積み(のづらづみ)」は、松坂城の本丸周辺に色濃く残る特徴です。
高低差:松坂城において、このような立派な石垣と石段の組み合わせで一段高い場所を形成しているのは、主に本丸の区画です。
二の丸・三の丸との違い:
二の丸:本丸の一段下に広がる広い平地で、現在は芝生広場などが広がっています。
三の丸:さらに外側に位置し、当時は土塁が中心でした。 現在は市役所や駐車場、民家などになっており、このような高い石垣が連続する風景は主に本丸・二の丸の境界で見られます。
松坂城の見どころ
松坂城は、織田信長や豊臣秀吉に仕えた**蒲生氏郷(がもう うじさと) **によって築かれました。
建物こそ残っていませんが、この野性味あふれる「野面積み」の石紙は非常に保存状態が良く、日本百名城の一つにも選ばれています。
この石段を登りきった先(本丸上段)からは、松阪の城下町を一望することができます。
 
推定建設費用
松坂城のような本格的な木造天守 (5層)を新たに建設する場合、実際の建設費用についてはいくつかの実例・試算から参考レンジを考えることができます。
ただし精密な設計・耐震要件・史料の有無などで大きく変わります:
名古屋城(木造復元の計画)
・伝統的な木造での天守再建計画では約474~505億円の総事業費とする試算が出ています。これは天守だけでなく展示施設や耐震工事等を含む規模です。
江戸城(大規模復元の仮試算)
・江戸城天守の忠実な再建案では約350~500億円とする試算もあります。
小規模・部分的な復元例
・大洲城天守の再建では当初の本体工事概算が約13億円+ 募金計画として進められた例があります(当該建物は四層・ 木造)。
・掛川城御殿復元では約10億円前後の資金調達で建設された例もあります。
松坂城の天守を現実的な木造・史実に基づく再建とした場合、
以下のように幅を持って考えられます
→10~30億円程度
(この範囲は展示設備を絞って小規模な木造復元や部分的な建築に近い場合)
→50~150億円程度
(耐震設計・見学通路、展示、施設整備を含む場合)
→200~500億円以上
(文化財展示や広い内部空間、耐震構造や博物館並の設備がある場合)
※これらは既存の他城の復元・建設費例を基にした一般的な推定で、実際の設計条件や地盤調査、建築基準法、史料の精度、材料調達コストにより上下します。